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大分地方裁判所 昭和52年(わ)123号 判決

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五二年六月一三日午後九時三〇分ころ、大分市高砂町一番一九号飲食店「君敏」こと黒上たけ(当六〇年)方において、同女に対し、所持金がなく、代金支払いの意思も能力もないのにこれあるように装い、酒食を注文し、同女をして飲食後直ちに代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よって、同月一四日午前三時ころまでの間に、同所において同女から、順次ビール二本他一四点(価額三、二二〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第二  同月一四日午前三時ころ、前同所において前記黒上から前記飲食代金の支払請求を受けるや、右支払請求を免れようと企て、同女の頸部を両手で締めつけながら床に突き倒して馬乗りになり、なおも両手でその頸部を強く締めつけるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して逃走し、もって、右飲食代金の支払いを免れて同金額相当の財産上不法の利益を得たが、その際、右暴行により、同女に対し、加療約一週間を要する顔面打撲傷、頸部圧迫傷、右肘打撲擦過傷の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二四六条一項に、判示第二の所為は同法二四〇条前段にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪の所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、被告人にこれを負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、飲食物とその代金請求権とは刑法上保護に値する利益という点ではひとつのものと評価すべきであるから、判示第一の飲食物を騙取した点を詐欺罪として評価する以上、本件においてはそれ以外に、刑法上保護に値する財産上の利益はなく、従って判示第二の所為は傷害罪として問擬されるべきである旨主張するので判断する。

ところで財物を騙取して詐欺罪が既遂に達した後も犯行の具体的な状況においてはなお犯罪が完成せず、財産上の利益の奪取が完成していないと評価できる場合があると考えられるが、このような場合に被害者に対し反抗を抑圧するに足りる暴行脅迫を加えて右利益の奪取を完全ならしめたときは強盗罪の成立を肯定し得るものと解され、無銭飲食後逃走の機会を窺うもこれを果せず判示第二の所為に出た本件の事案はまさに右の場合にあてはまるものと考えられる。

このことは例えばある財物を窃取して窃盗罪が一旦既遂に達した後もなお窃盗犯人がその場で物色を続けているような場合は財物の占有がいまだ完全に確保されたとはいえず、この段階で家人に発見されて奪取した財物の占有を確保するため暴行脅迫を加えれば強盗罪が成立するのであって(いわゆる居直り強盗はその適例)、財物奪取の点が一旦窃盗罪として評価されるため窃盗罪と暴行罪、脅迫罪が成立するのではないことを考えても明らかであるといわなければならない。

ただ右のような場合には一旦成立した窃盗罪は強盗罪に吸収されて独立の存在を失うものと解されることや飲食物を騙取したうえさらにその代価の支払を免れるにつき欺罔行為をした場合には全体を包括して一個の財物騙取罪が成立するものと解されることに鑑みると、本件の場合においても起訴便宜主義の裁量において、或いは判示第一の財物騙取罪が判示第二の強盗致傷罪に吸収される余地の点については一応検討に値する面もあると考えられるが、被告人が当初から暴行、脅迫を用いて支払を免れる目的を有していなかったこと等の本件犯行の態様及び詐欺が強盗、窃盗と財産罪としての類型を異にすること等をあわせ考えると、結局本件は詐欺罪と強盗致傷罪との併合罪であると解さざるを得ず、弁護人の前記主張は採用することができない。

(量刑の理由)

被告人は、昭和五二年五月ころ勤めていた会社を辞めしばらく徒食の生活を送っていたが、同年六月一三日、大分市内のパチンコ店に職を求めて同市に来たところ、同店が閉店であったため、翌一四日再び就職面接を受けるつもりで同市内にとどまったが、所持金も使い果たした結果、本件第一の犯行である無銭飲食をなし、逃げる機会を窺っていたものの被害者の監視が厳しくその機を失し、同人に飲食代金の請求を受けるや、これを免れるため、遂には本件第二の強盗致傷の犯行をなすに及んだものであって、六〇歳という高齢の被害者に対し、その首を両手で強く絞めつける等その暴行の態様が危険極まりないものであることなどその犯情態様とも悪質であること、被告人は前科五犯を有し、前刑の執行猶予中であること、被害弁償がなされていないこと、被害者の受けた精神的肉体的打撃等の事情を併せ考慮すると、被告人の本件各犯行の刑事責任は重大なものがあるといわなければならない。しかし、本件各犯行による財産的被害がそれ程大きくなく、また被害者の受けた傷害の程度もそれ程重いものでないこと、被告人は本件各犯行を反省していること、その他被告人の健康状態、家庭環境等の被告人に有利な事情を十分斟酌し、処断刑である強盗致傷罪の刑につき酌量減軽したうえ、受刑後は被告人のボイラー工等の資格技量等を生かし更生の道を歩むことを期待して主文のとおり刑の量定をした。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永松昭次郎 裁判官 柄多貞介 平井慶一)

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